気温が上がってきて夜でも寒くなくなったので散歩に出かけた。
家の周りだと大体ルートが決まっているので今回もいつもの道をぶらぶら歩いた。
のだけど、今日は特別空が綺麗で気分も良かったのですこしだけ脇にそれて近くの公園まで行くことにした。
公園は林に囲まれた広場みたいなところで奥には神社に続く鳥居と石の階段があった。
十数年前とかはけっこう整備が行き届いてたはずだけど今は草が生え放題でまばらな遊具も全部錆びついてた。とりあえず隅っこのブランコに座ってひと休みした。
昔はここで年一でお祭りとかちっちゃな縁日とかやってたはずなんだけど時代とともにその伝統(?)も失われていったみたい。まあ中高の頃地元離れてたから詳しくは知らないけど
夜なので当然他には誰もいなかった。(というかこの雰囲気だと休日の昼でも来てる人いなさそう)
ブランコも手入れゼロって感じでちょっと揺らしただけでチェーンがきしんだ。
大学の頃よく通っていた公園をなんとなく思い出した。あの時は子供連れの目線があったから堂々とブランコを占有することはできなくて日陰のベンチでお茶を濁していた。一応それはそれで全く悪くなかった。
とか考え事してたら隣の隣にあるジャングルジムの上に腰掛けてる人影を見つけた。見間違いかと思ったけどほぼ確実に人っぽかった。
まず警戒した。いやまあ自分だってこの時間にここでぶらついてる不審者だけど、普通人がいるわけない状況だし向こうはこっちに気づいてたろうに一言も発さなかったし…
ちょっとだけ好奇心と気を紛らわすために話しかけてみようかと思ったけど何事もなく去るのが一番だと思った。
ゆっくり立ち上がってゆっくりその場を後にした。
そうしたら「おい」って言われた。「お前だよお前」
びっくりして立ち止まった。声の方向的にさっきの人だった。いや話しかけてくるの突然すぎるしそもそも他人に対して第一声がこんな刺々しいことある?
あらゆる可能性が頭をよぎった。そして瞬時に冷静になった。
結論からいうとまあ、これはなんというかその、やばいやつかもね。直感してとりあえず全力で駆け出した。
運動なんかここ数年何にもしてないので体力が明らかに足りてなかったけどそんなこと気にしてる場合じゃなかった。振り返る暇は当然なかった。でも100%後ろから走って追いかけてきてるのが音で分かった。
入口まであとちょっと、ここを曲がれば民家が見えるってところで謎の凹凸に足を取られた。滞空。派手に転倒した。体の側面を強く打った。衝撃で思考が完全に停止した。
「逃げてんじゃないよ」
背後から声。上体を掴まれて無理やり仰向けにさせられる。影がこちらを見下ろしていた。顔は暗くてよく見えない。
「なあ」
馬乗りの形で下腹部に勢いよく座られた。はずみで夕食が出るかと思った。堪えながらうめく。
「お前さあ」顔を覗き込まれる。
「いっつも逃げてばっかだよな!あたしにさ、追いかけっこで勝てるわけないじゃん」
急に調子が興奮気味になる。
「今日はいけるとでも思ったのか?変わんねえな本当に」
吐息が鼻と頬に当たる。
手が伸びてきて自分の喉元に絡みつく。
「なあなんか言ってみろよ!言わないと…」
細い指がありえない力で自分の首を絞めていく。体重がかかる。気道と血管が塞がれていく。
頭が真っ白になる。息ができない。視界がみるみるぼやけていく。
奴は笑っていた。
紅潮した顔の遠く後ろに夜空がぼんやり光っていた。月が二つに見えた。綺麗だった。